寺塚・鷲神社>埼玉の神社>古社巡拝

寺塚・鷲神社
てらづか  わしじんじゃ
 
 ご祭神
天穂日命(あめのほひのみこと)


 
 鎮座地 白岡市寺塚62
 参拝日  2013.2.04

<由緒>

創建年代は不明であるが『風土記稿』寺塚村の項に「鷲宮社 村の鎮守なり、
本地仏釈迦秘して見ることを許さず 東照寺持」とある。
ここに見る東照寺は、古河公方足利政氏の開基による臨済宗甘棠院の末寺で、
開山の僧周東は、延徳元年(1489)に寂していることから、
寺の創建も室町時代中期と見られ、村の開発や当社創建の時代も
このころと思われる。
(中略)
明治18年に日本鉄道が大宮・宇都宮間(現JR東北線)を開通させたが、
これにより当社参道は線路で分断されてしまった。
更に、同四十一年の複線化により社殿寄りに線路が敷かれ、社殿のすぐそばを
汽車が通るようになった。これが災いとなり、翌年の四月十日の追花祭を
終えた翌日、汽車の火の粉がもとで社殿が焼失し、内陣の釈迦仏も灰燼に帰した。
その後しばらく仮宮の状態が続いたが、大正十五年に再建され、現在に至っている。

「埼玉の神社 埼玉県神社庁」より








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境内から東北線の電車を眺める
明治24((1891)年建立の狛犬。

東北線が大宮から青森まで
全線開通した明治18年(1885)以来、
この子達は120年もの間、
初期の蒸気機関車から、ハイテクの電車まで
東北線の列車を眺めてきたことになる



<参拝メモ>


JR東北線(宇都宮線)のすぐ脇に鎮座している。
欅の大木が見事だ。
この神社へ参拝するには、専用の狭い
踏み切りを渡らねばならない。
鉄道の歴史より、神社の歴史の方が
遥かに古い筈だから、鉄道の線路が
参道を分断したことになる。
機関車からの火の粉で社殿が消失したり、
様々な経緯がある神社らしいが
頻繁に行き来する、上り下りの
列車の通過を知らせる、
警報機の音が賑やかだった。

(駐車スペースなし 路駐短時間)


   
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