当社は、明治四十年に無格社の浅間神社に、村社の村山稲山神社・ 星野稲荷神社と無格社の水神社の三社を合祀し、社名を 敷島神社と改めて成立した。 社名の由来は、浅間神社の祭神である木花咲耶姫命にちなんで、 花を題材にした本居宣長の和歌 「敷島の倭こころを人とはば 朝日ににほふ山さくら花」から引いたものである。 境内の一角に「田子山富士」と呼ばれる堂々とした 塚が築かれている。 「埼玉の神社・埼玉県神社庁発行」より |
琴比羅神社 ------------------------- 琴比羅神社前の狛犬 ------------------------- 明治5年(1872)建立 子落とし狛犬 鷲宮神社 敷島稲荷 護国神社 田子山富士 頂上の浅間社 |
<参拝メモ> 志木市の中央部、綾瀬川と新河岸川が合流する地点に鎮座している。 新河岸川はやがて荒川に合流し、東京湾に注ぎ込む。 新河岸川は昔、江戸と川越を結んだ物流の要衝で 志木の町も中継点として栄えた。 訪れた日は、境内で農家向けの苗木を販売する市が立っており 買い求める人が訪れていた。 ただ、この神社、用心深くて拝殿の前に立つと、頭の上の電灯が 猛烈に点いたり消えたりして、落ち着いて参拝出来なかった。 賽銭泥除けなのだろうが、もう少し工夫できないかと思った。 神社境内に築かれた富士塚も立ち入り禁止で 上ることは不可だった。 見ると、石碑が傾いていて危険なのだろうが これだ立派な富士塚・・、もったいない。 (駐車スペースあり) |